死別、言葉にならないくらい辛い。

あの時、ああすればよかった、

もっと寄り添ってあげたら、

他の病院にすべきだった、

などなど後悔と反省が混じった、やるせない思いがある。

しかし、いくら自分をせめても何も解決しないことがわかった。

だから、これからどう生きていくかが大事。

命に限りがあることを目の当たりにしたわけだから、

1日の時間の大切さが普通の人よりもわかる。

 決めたことは、これまで以上に生き物に優しく、人に親切にすること。

漠然としているけども、

実はそうではない。 生きてる中でいかに多くの生き物を殺傷しているか、

普段食べるご飯やパンですら、生産時に多くの昆虫を殺傷している。

畑で野菜を作る時も、ミミズを傷つけてしまう。 いくら気をつけてもまた傷つけてしまう。

こんなの考えなければ楽なのに、と思うかもしれないけど、

普段の何気ない食事でも、どれだけ殺傷しているのか、

と考える。そうすると、手を合わせて食事すること、

食べ物のありがたさを痛感できる。

あと数十年早く産まれていれば、

食べ物すら満足になかったかもしれない。

だから食べ物を大事に思うこと、

そして自分がこの世に生まれてきたことも奇跡であること、

一人で好き勝手に生まれてきた訳ではありません。

戦争に行って奇跡的に生還できたからこそ、繋がった命。

祖父が誰かに助けられたこともあっただろうし、

健康で生まれ育って機た自分も奇跡。

大切な人を無くしてしまったこと、

救えなかったことの力不足は歪めない。

でも私自身も誰かに助けられて生きてきたからには、

誰かを助けられる人間になっていこう。

身近なのは、保護した野良猫ですが、

生まれてきて後悔ないよう、

楽しい一生を過ごしてもらいたい。

助けられたからこそ、

人に親切に生きていこう。

後悔ばかりでは前進しない。

何の解決にもならない。

自然も私の心を癒してくれている。

人にも自然にも親切に生きていきます。

きれいなアザミの花です。野草の花は特に気持ちをいやしてくれます。